私の発達障害とうつ病について

こんにちは(* ॑꒳ ॑* )今回は私の疾患に関することについて話していこうと思います。

私が初めて、気分の並や漠然な不安に襲われメンタルがおかしくなったと感じたのが16歳の時でした。

当時は、家族との関係や人間関係が大きいのかと思い悩みに悩んでカウンセリングや投薬治療を開始しました。

いくつか病院を転々とし、最終的には総合病院に当時は通っていました。その時の診断は不安障害とのこと。

しかし、数年経つうちに病状は悪化していき、不安障害から気分変調症と診断されてしまいました。気分変調症は、普通の人よりも自殺率がとても高い怖い病です。

自傷行為やオーバードーズを繰り返し、何度も入退院を繰り返しました。

そして、自分の生きにくさを感じ発達障害の検査をしました。

結果としてはグレーゾーン。しかし、凸凹な発達障害ということがわかりました。

できることなら、投薬治療もしたいと思いましたがそこまでではないとのことでした。正直飲んだほうが気持ちが楽になるのではないか自問自答しましたが、先生が言うことを信じて生活しています。

そして、引越しをしてから病院も変わり診断はうつ病に変わりました。

前までは障害手帳3級でしたが、等級があがり2級になってしまいました。

現在は統合失調症の薬も飲んでいます。体調が悪い時には幻聴が聞こえてしまうこともあり、とても辛い日もあります。

気分の並もかなり大きくあります。さっきまでとても楽しかったのに、突然泣きなくなってしまったり自暴自棄になりそうになったり、心と体が全く追いつかないので自分でも本当に疲れてしまいます。

被害妄想も激しく、人が笑っていたら自分が笑われているのではないか。人が話をしていたら、自分の悪口を言っているのではないかと、外に出ることすら億劫になってしまうこともあります。

しかし、いつかは治したい思いも強くあります。

いつか、投薬治療も無くなる日がくるといいな、と日々思います。

毎日の薬を飲まなければいけないルーティン、飲み忘れてしまった時の絶望感。薬を常に持ち歩かなければいけないという不安感。

薬という重い鉛がなければ、私自身が完治すればとても身軽で生きやすい世界が待っているのではないかと期待してしまうのです。

ただ、それがいつなのかは分からない。今日なのか、明日なのか。それともまだまだ数年、数十年なのかもしれない。

わからない。ということがとても恐ろしく、辛く、ネガティブになってしまいます。

同じ病気を抱えて辛い思いをしている人はきっと、たくさんいるはずなのに、なぜ私がこうなってしまったのか。こう考えてしまうだけで、隣の芝が青く見えてきます。

周りはどうしてあんなにキラキラしているのだろう。どうしてあんなにアグレッシブなんだろう。なにもかもが羨ましく感じてしまいます。

私にはなにもできないということは無いと信じていますが、できることの方が少ないのではないかとも思っているのです。

元々は明るく活発な、元気な女の子でした。毎日が楽しく感じていたように思います。

でも、闇を感じたのは小学三年生の時。何故かワイヤーで首を締めて自死を図ろうとしたのです。

何が理由だったのかは、覚えていませんが、苦しくなってやめてしまったことは鮮明に覚えています。

だからこそ、自分の子供にはそんな思いをさせたくない、辛いことがあったとしても乗り越えられるようになって欲しいと、思います。

乗り越えられなくとも、必ず私たち親がサポートして、世の中をしっかり生きていけるようにできたらと思うのでした。

少し話はズレてしまいましたが、発達障害の例として話がポンポン飛んでしまうことがあります。

今この話題をしているのに数秒後、またその途中にですら自分の話をしてしまうのです。話をさえぎってしまうこともあります。

気をつけても気をつけても治らなく、ほとほと困り果てていますが、できるだけ相手の話をきちんと聞くということをポイントとして生活しています。

また、とても忘れ物や物忘れが多いです。自分が言ったことですら忘れていた。なんてこともザラにあります。ですので、スケジュールアプリは必須になっています。

あとはギリギリにしか行動ができない、ということですね。前回の記事にもかきましたが、例を言えば保育園の名前書き。

買ったらすぐにやればいいのに、もう本当にギリギリにならないとやることができないのが嫌になってしまいます。

この記事をよんで、発達障害やうつ病、精神疾患について少しでも理解がある方が増えるととてもありがたく思います。

読んでくださってありがとうございました。

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